お知らせ, 研究発表

2019.04.03

論文「頚椎後縦靱帯骨化症に対する前方除圧固定術と後方椎弓形成術における周術期合併症調査 全国入院患者データベースを用いた傾向スコアマッチング解析」がアクセプトされました

東京医科歯科大学整形外科学分野より博士課程の研究指導委託を受けた森下さんの論文「頚椎後縦靱帯骨化症に対する前方除圧固定術と後方椎弓形成術における周術期合併症調査 全国入院患者データベースを用いた傾向スコアマッチング解析」が出版されました。

論文題目 
Perioperative complications of anterior decompression with fusion versus laminoplasty for the treatment of cervical ossification of the posterior longitudinal ligament: Propensity score matching analysis using a nation-wide inpatient database

頚椎後縦靱帯骨化症に対する前方除圧固定術と後方椎弓形成術における周術期合併症調査 全国入院患者データベースを用いた傾向スコアマッチング解析

要旨:
頚椎後縦靱帯骨化症(OPLL)に対する代表的な術式として、前方除圧固定術と後方椎弓形成術がある。この2術式における周術期合併症を比較検討した文献は少なく、先行研究は小規模の症例対照研究が主である。今回我々は、本邦の全国入院患者データベースと傾向スコアマッチングを用いて、OPLLにおける前方手術と後方手術の周術期合併症を比較検討した。マッチング後の対象は各群1192名であり、心血管障害、嚥下障害、肺炎、髄液漏は前方群で有意に多く、それに伴い入院費も高くなった。一方、手術部位感染は後方群で有意に多かった。再手術率、死亡率に有意差はなかった。前方群は様々な合併症が起こっていたが、手術部位感染は後方群で多かった。本知見は、今後の頚椎OPLL治療において適切な術式選択と患者説明の一助になるものと考える。

緒言:
頚椎OPLLは骨化での脊髄圧迫により様々な脊髄症状を起こす疾患であり、転倒など軽微な外傷で重篤な脊髄損傷を起こす、厚生労働省指定の難病である。軽微な症状の患者は保存治療の適応であるが、多くは進行性の脊髄症状を起こし手術適応となる。手術方法は前方手術、後方手術の2つがあるものの、適切な術式については見解が分かれる。前方手術は良好な脊髄除圧が達成できるが手術難易度が高く、後方手術は手技として比較的容易であるが、症例によっては脊髄除圧が不十分となり、それぞれ一長一短である。
頚椎OPLLの手術治療における先行研究では、それぞれの術式における合併症報告が複数なされている。しかしこれらは単一施設での症例対照研究が多く、選択バイアスもあってエビデンスレベルは十分でない。さらに、手術部位の局所合併症を中心に報告しているものがほとんどあり、全身合併症に焦点を当てた研究はない。OPLLは日本人を含むアジア系民族に多く発生するため、本邦において大規模な周術期合併症調査を行うことは非常に重要である。そこで我々は、本邦の入院データベースを用い、バイアスを最小限に抑えるため傾向スコアマッチング分析を併用して、頚椎OPLLにおける前方法と後方法の周術期合併症を比較検討した。

方法:
2010年4月~2016年3月において、本邦のDPCデータベースから頚椎OPLL(ICD10-code, M4882)に対して前方除圧固定術(前方手術)(Japanese original K-code, K142-1)または後方椎弓形成術(後方手術)(K142-6)を行った患者を抽出した。次いで、年齢、性別、BMI、喫煙指数、入院形態(予定入院か予定外入院か)、救急搬送の有無、入院時ADLスコア、脊椎手術歴の有無、病院種別(Teaching hospitalかNon-teaching hospitalか)、各入院時併存症(脳血管障害、糖尿病、関節リウマチ、腎障害、肝障害、消化性潰瘍および出血、心血管障害、心不全、心房細動、慢性閉塞性肺疾患、肺炎、骨粗鬆症、悪性腫瘍)を説明変数としてロジスティック回帰分析を行い、個々の患者における術式選択の傾向スコアを算出した。ロジスティック回帰の適合度評価のためのC統計量は0.692であり、比較的良好なモデルであることを確認し、Caliperを0.4と設定して1:1でnearest neighbor matchingを行った。これでマッチした患者を対象に、全身および局所の周術期合併症と再手術率、入院費、死亡率を、前方法と後方法で比較検討した。

結果:
マッチング前の対象は計8,818名、前方群1,333名、後方群7,485名であり、呼吸障害、嚥下障害、消化管出血などの全身合併症が前方群で高率に発生していた。マッチング前の患者背景では、年齢(前方/後方=60.3±11.3/65.1±10.9歳, P<0.001)、救急搬送の割合(以下同様、1.4/2.4%, P=0.037)、糖尿病(22.2/27.7%, P<0.001)、心不全(1.1/2.0%, P=0.015)、脳血管障害(2.3/3.7%, P=0.013)、腎不全(1.0/2.0%, P=0.011)、悪性腫瘍 (0.6/1.3%, P=0.036)の割合が後方群で有意に高く、脊椎手術歴の割合(2.8/0.2%, P<0.001)は前方群で有意に高かった。マッチング後の対象患者は計2384名、各群1192名ずつであった。マッチング後の1192組ではバイアスは調整され、2群間の患者背景はほぼ完全に統一された。全身合併症において、心血管障害(1.9/0.8%, P=0.013)、嚥下障害(2.4/0.2%, P<0.001)、肺炎(1.0/0.3%, P=0.045)は前方群で有意に高かった。少なくとも1つの全身合併症が発生する割合は前方群13.3%、後方群7.9%であり、前方群で有意に高かった(P<0.001)。全身的な再手術において、内視鏡を含む消化器手術が前方群で有意に多かった(0.6/0.1%, P=0.034)。その他の項目で有意差はなかった。局所合併症において、髄液漏は前方群で有意に多かったが(2.4/0.4%, P<0.001)、手術部位感染は後方群で有意に多かった(2.0/3.4%, P=0.033)。局所的な再手術率に有意差はなかった。前方群で入院費は437,999円高くなったが(2,499,091±1,233,738/2,061,092±885,152, P<0.001)、死亡率に差はなかった。 考察: 前方群では呼吸器系をはじめとして、高率に周術期合併症が起きた。前方手術は一般的に仰臥位の全身麻酔で行われ、これが残気量の低下を引き起こし無気肺の原因となる。また、アプローチの関係上術中に食道を牽引する操作が加わり、反回神経麻痺や後咽頭・後喉頭腔軟部組織の腫脹が出現して嚥下障害の原因となる。よって、誤嚥性肺炎が誘発され呼吸器合併症が高率となる。 また、前方群では心血管イベントも高率に起こっていた。OPLLにおける前方手術は椎体亜全摘による多椎間固定が必要となることが多く、一般的に出血量が多い。実際に本研究でも、前方群は後方群に比べ高率に輸血が行われていた。こうして、心血管系にストレスがかかり様々な心血管合併症が発生したと考えられる。先行研究では呼吸器系や心血管系の重篤な合併症に伴い医療費が増大すると報告されているが、我々の前方群の医療費増大も同様の理由が考えられる。 局所合併症において、髄液漏は前方手術で多いと言われる。我々の結果も同様であり、OPLLにおける前方手術では、硬膜の石灰化や後縦靱帯と硬膜の癒着により、除圧中に硬膜が切除されてしまい髄液が漏出し得る。前方手術における髄液漏は、偽性髄膜瘤、上気道閉塞、皮膚瘻孔、髄膜炎などを引き起こし重篤となるため、術中には十分注意を払うべきである。硬膜切除による髄液漏を避けるため、OPLL切除でなく非薄化して切除を必須としない、骨化浮上術が有用である。 以上、前方群では様々な合併症が高率に発生したが、興味深いことに手術部位感染は後方群にて高頻度であった。前方手術では筋間からのアプローチとなるため軟部組織に対し低侵襲である。一方、後方手術は後方傍脊柱筋の切離・剥離による侵襲を伴うため、軟部組織に侵襲が加わる。これが感染率の差につながった可能性がある。 本研究ではいくつかの限界がある。DPCデータベースに臨床的に重要な手術椎間数、術前後の神経学的所見などの情報が含まれていないこと、診断がコードによるものであり、臨床的な情報を反映できていない可能性があること、DPCデータベースには入院中の情報しか含まれないため、退院後に発生した合併症は分からないことである。 本研究は全国入院患者データベースを用い、傾向スコアマッチング分析にてバイアスを最小限に抑えた、OPLLにおける前方手術と後方手術の周術期合併症の大規模な調査を行った初めての研究である。OPLLは世界的には罹患率が低くまれな疾患であるものの、アジア圏では欧米圏よりは比較的高い。日本での本研究が、OPLLの治療において適切な術式選択、患者説明の一助になるものと考える。 結論: DPCデータベースを用いて傾向スコアマッチング解析を施行し、頚椎OPLLに対する前方手術と後方手術の周術期合併症を比較検討した。前方手術では様々な合併症が起こっており、入院費は増大した。一方で手術部位感染は後方手術で多かった。